「多動力」という言葉が注目を集めている。ホリエモンこと堀江貴文氏が提唱した「いくつもの異なることを同時にこなす力」であり、成功者の秘訣といわれているものだ。若者からの支持が厚いホリエモンの提言とあって、多動力を身につけ実践しようとしている人も増えている。ところが、実際に多動力を発揮するのは難しく、結果的には単に「好きなことしかしたがらないわがままな人」になるケースも少なくない。成功するためには、本当に「多動力」は必須なのだろうか。
本書『地元の名士になりなさい 静止力』では、多動力という考え方自体は認めつつも、「それは誰にでもできるものではない」という。あくまでホリエモンのような才能と情熱のある人間だけが実践できるものであり、一般の人が真似をしようとすれば失敗するのは当然だ。
そこで、著者が提案するのは多動力と異なる成功のコツ「静止力」である。静止力とは、「その場に留まる力」であり、「地元を持つこと」だ。自分にとって地元と呼べる場所を決め、そこで「名士」として周りから認められることこそ、本当の意味で成功につながるというのである。
静止力が重要な理由はシンプルだ。それは「若者が地元に残らなくなっている」からである。地方の若者の多くが都会を目指して移動し、その場に留まろうとはしない。そのせいで、活気を失っている地域は数えきれないだろう。そうした時代だからこそ、「地元」に残って力を発揮する人間は重宝される。きちんと信頼を得るチャンスは十分にあるのだ。
「地元の名士」というのは、とても力のある立場である。もっとも注目するべき点は、「人と人をつなぐ」というところだろう。多くの人から信頼を寄せられ、地域住民ともたくさんの交流を持つ地元の名士になれれば、そこから大きなビジネスチャンスを得ることができる。
また、人同士だけではなく、「人と企業」「人と施設」などを結び付けるのも名士の役割だ。そうした立場を得ることは、自分の成功だけではなく、地元を盛り上げる結果にもつながる。地元を盛り立て、自分にとっても望ましい成果を得られる「地元の名士」こそ、これまでにはなかった新しい選択肢だと著者はいうのだ。
地元を持ち、そこに留まるという「静止力」の考え方は古臭く聞こえるかもしれない。都会的なものに憧れを抱くのは、いつの時代の若者にもあることだろう。たしかに、人口が増えていた高度経済成長の時代には、都会こそが成功の象徴だった。しかし、時代は変わるものだ。地方に残る人が圧倒的に少なくなった今、もう一度「地元」について考えてみることも重要である。
本書は何も、「都会よりも地方がよい」という主張をしているわけではない。ホリエモンのように多くの才能とチャンスに恵まれた人が、「多動力」によって成功するのは素晴らしいことだ。しかし、誰もが同じように活躍できるわけではないし、むしろそのような人はめずらしいだろう。ただ、「多動力」がなければ成功できないわけではなく、能力を発揮できないわけでもない。
「静止力」とは、地元という場所に密着しながら、「自分の役割を果たす」という使命感とともに生きる力である。「人から認められたい」「頼りにされたい」といのは、人間にとって重要な欲求だ。だからこそ、「自分の力が必要になる場所」としての地元を見つけ、そこで名士となることを目指すという方法は有効なのである。
かつて、地方に残ることが敬遠されていたのは、「情報が入ってこない」「たくさんの人と交流するのが難しい」という点だった。しかし、インターネットの発展やSNSの普及により、そうしたマイナス面は大きく改善されただろう。そして、「地方の利点」を活かしやすい時代が訪れた。
新しい生き方を探そうとしている人にとって、本書はこれまでにない選択肢を提示してくれる。「天才でなければ成功できないわけではない」「地元への愛が人生を豊かにしてくれる」という道。これまであまり顧みられなかった「場所」にこそ、本当の居場所があるのかもしれないと考えさせてくれる一冊である。